1999年08月2週分
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1999/8/14 [土]

雨が降る

ここ2、3日雨が降っている。1週間ほど暑い日が続いたのの お返しだといわんばかりに降っている。そのため、 外出はしていない。

前に朝からしっかりと頭を起こすのには、朝食と軽い運動が 必要だという話を聞いた事がある。食事はだいたいしているのだが、 運動は自転車をこがない限りしていない。

ところで、この2,3日あまり集中できていない気がする。 もちろん机には向かっている。しかし勉強ははかどらない。 場所が家というせいもある。予備校の自習室などは 廻りも静かに勉強しているのに影響され、ぼくも集中するのだが。

以上の事を総括すると、「雨が降っているために運動が出来ず、 そのため頭がちゃんと働き始めず場所も家で、結果勉強に身が入らない」 という事が言えるだろう。つまり、この無気力感は、外で ざーざーいっている雨のせいによるものが大きいという事だ。

タイムリミットは後2週間。その後には資格試験も待っている。 当分実家には帰りそうにはない。


1999/8/13 [金]

意識を集中

今日の朝はすごい雷だった。当然外出する気をなくしたぼくは、 家で勉強をする事にした。いつもは図書館などで勉強するため 大体集中できるのだが、家では出来ない事が多かった。

昨日インターネットで変なものを見つけた。催眠処方で勉強する 気を増幅させてくれるというソフト「HYPNO」だ。 訳が分からないながらも気になったのでダウンロードしておいた。

勉強をする段になって、試しに解凍、実行してみた。 実行してみると、画面が暗くなって真ん中に白い丸が表示される。 この丸はだんだんに小さくなる。そして画面の端には「あなたは 勉強が出来る」「あなたは集中できる」といった言葉が表示されるが、 この言葉を見てはいけないらしい。

丸に意識が集中していくのがわかった。確かに集中できそうだ。 そして、例えこのソフトで集中する事が出来なくても、 このソフトを使ったという事がプラスに働きそうだ。 世の中にはこんな物もあるんですね。でも、多用はしないほうが良いかも 知れない。


参考ページ

1999/8/12 [木]

夜の蝉

都心では夜でも蝉が鳴いている。そんな事はここ10年ほどの 出来事らしい。夜でも、昆虫が昼間と勘違いして活動をしている。 今も、それほどうるさくはないものの、みーみー蝉がうなっている。

ついこの間、夜だというのにトンボが家の中に入ってきた。 かなり元気に飛び回っていた。そのうちに出て行くかなと 思ったが出て行かないので、手でつかんで窓の外に放り出した。

人の話を聞くと、昔はトンボは簡単には手で捕まえる事が 出来なかったらしい。それが今では、農薬などの毒物で 弱り、昔ほどの元気が無いという事だ。たしかに、この間のトンボは 簡単に捕まえる事が出来た。しかも、止まっているところではなく、 飛んでいるところを捕まえた。

虫の行動が、人間によって狂わされている。そんな事は、知識では 知っていたが目の当たりにするとまた違った気持ちになる。 でもまあとりあえず、自然環境がどうのこうのと書くつもりはない。

とにかく、気温も下がった夜にまで真夏の太陽を思い起こさせる 蝉の鳴き声は止めて欲しいものだ。


1999/8/11 [水]

予備校自習室にて

大学院入試があと2週間とちょっと。 大丈夫だろうという楽観があるのと同時に、 やばいのではないかという不安が胸に押し寄せ、 より集中力をなくさせる。

そんな状況を打破するために、勉強をする環境を変えてみた。 そう、予備校自習室。図書館であった友達が自習室を利用している と言っていたので、僕も試してみた。 考えられるのが「河合」「駿台」「代ゼミ」の三つ。 それ以外の予備校は良く知らない。

今のところ「河合」「駿台」の二つに行ってみた。 両方ともクーラーが効きとても静かだったので勉強をするには 非常に良い環境である事が分かった。 お金を取っているだけの事はある。

驚いたのが「駿台」の自習室。なんと、入室するのに「SDカード」 なる生徒証が必要。最初に入った時は、人に付いていったので 気が付かなかったのだが、トイレに行った帰りにいきなりドアが あかなくなっていて非常にびっくりした。 退室する時に「うぃーん」という音がしたので嫌な気はしたのだけれど。

明日は「代ゼミ」の自習室に行ってみるつもり。でも「代ゼミ」には 自転車置き場が無いのが難点。

最後に。「短期集中ー大学院入試講座ー」なんてあったら、すぐにでも 行くのに。うーん。無いのかな?


1999/8/10 [火]

盗聴法

盗聴法案が昨夜強行採決された。まだまだ議論の余地を残したまま 成立してしまった。うわさの法律条文はどんなもんだろうと 探してみて眺めましたが、良く分かりません。 とりあえず、テレビや新聞などで書かれている噂を信じてみると しましょう。

さて、大学に入ってから様々な用途でインターネットを利用し、 メールも使用しています。そのような情報を「犯罪の恐れがある」 という、たったそれだけの事で文章を読まれてしまうというのは、 考えただけでもゾッとします。

例えると、犯罪の恐れがあるだけで、人の郵便受けから手紙を抜き取り 封を開け、中身を読むという事が許されてしまうという事です。 しかも、一人一人をターゲットにする事は技術的に難しく、 「同じアパートに犯罪に関係したかもしれない 人が住んでいた場合、それだけで自分宛ての手紙を見られてしまう」 という話です。 治安維持法を連想させます。

ニュースで井上ひさしさんが「もはや戦後ではない。戦前である。」 といっていました。何を考えているんでしょうね、日本政府は? 今の若者に愛国心は求められませんよ。


参考ページ

1999/8/9 [月]

国旗・国歌

今日国旗国歌法案が成立したらしい。 これで名実ともに「日の丸」「君が代」が国旗・国歌になった。

そういえば、それなりの数の学校では、 国旗,国歌の掲揚,斉唱を拒んでいるという。 確かに日の丸があがり、国歌を斉唱するというのは 面白い事ではない。 君が代は、多くの人に好感を持たれているとは考えづらい。

なぜだろう?ワールドカップでは、頬にまで描くというのに。 オリンピックでの表彰台の上で、君が代を聞けば涙さえ流すというのに。

式典は、お偉方の談話などなど、紋切型のイベントが続く。 それらのほとんどは面白くないものだ。 そして、日常一般で見聞きする国旗,国歌は式典でのものが圧倒的に 多いという事も忘れてはいけない。

これから考えられる事は、 「君が代が嫌いだというイメージは式典のイメージによるものだ」 ということだ。

式典のつまらなさに裏付けられた「国旗国歌」の嫌悪感に後押しされて、 多くの人が国旗国歌法案に反対している。 もちろん、嫌悪感だけでは無い事は確かだ。 国歌の歌詞について、天皇を詠っている事がもちろん問題だと ぼくも思う。

歌詞に関しての解釈も、自衛隊に関する憲法9条の解釈に なんだか似ている気もする。政治家には言葉遊びよりも、 もっと高尚なところでの努力をしてもらいたいと思う。例えば、 原爆廃絶とか。


1999/8/8 [日]

歳を取るという事

昨日誕生日を迎えた。22回目。

小学校の頃、誕生日というのは一大イベントだった。 もちろん誕生日プレゼントをもらえるという事もあった。 だけど、それ以外にもうきうきさせる何かがあった。 言葉には出来ない何か。プロならば表現する事が 出来るのかもしれないけれど、ぼくはプロではない。残念。

小さい頃に感じたうきうき感も減衰している。 減衰の仕方は、かなり大きいように感じる。 とりあえず今の所、誕生日の喜びの関数は、 1/(year)2といったところか。 ただし、関数値は他人の受ける値も含め、 祝福されて生まれてきた人に対してのみ適応できるとしよう。 また、定義域は(はっきりとは言えないが) (year) < 30位だろうか。 誕生日にどれだけ喜ぶのかという関数を描こうとすると どの様になるのだろう?

小さい頃には大きく、30から50くらいまで小さくなっていき、 80を過ぎると大きくなるような、バスタブ曲線を描くのかもしれない。 しかしながら、あくまで想像で体験したわけではないので、 説得力に欠ける。機会があればリサーチをしてみたいところだ。


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本草 芥子。 kenstarmx1.freemail.ne.jp