1999年09月5週分
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1999/9/30 [木]

盲目

人間というのは、盲目になると幸せを感じるのではないか。自分の経験でも思い当たることがあるし、他の人を見てもそうだろうと思う。

2,3年前ほどの話になるのだが、大学祭の仕事を手伝っていたことがあった。生活の半分は大学祭の準備に費やしていた。直前の1ヶ月になると、大学祭以外のことが目に入らなくなる。準備に全力投球だったため、体がぼろぼろになり衰弱していったが、今でも面白いことをしていたと思っている。

他にも例をあげようとすれば、いくらでもある。宗教なんていうのは、典型的な例だろう。研究テーマを持っている人が、それに対して集中して進んでいる時幸せに違いない。使い古された言葉ではあるが、人間なんて、「唯一絶対」の存在がないと弱くなるものなのだと思う。

盲目的であることに、幸せ、つまり心の安定があるのなら、人間の英知の限界があるのではないか。盲目でありつづけたい本能が、盲目でなくなる知恵の探求を妨げるのではないかと疑いたくなる。どこまでいっても、人間は動物なのだ。数を数えることができても、世界の真理を知ることはできない。


1999/9/29 [水]

進む路

高校時代の友人から、他の人たちの進路について聞いた。文系の人はほとんど就職するらしい。最近の就職事情を反映して、就職試験もなかなか難しいそうだ。それなりに勉強しないと受からないという。その彼は、勉強の甲斐があって、大きいとは言えないが、元気な会社に内定が決まった。個性のある、面白い人だったので、これからの活躍が期待できる。

実家にいる理系の友人でも、就職をする人がいる。割合でいくと半分くらいだろうか。僕は、当然大学院にいくものだ、と思っていたので、これだけの数が就職という道を選んだのには、正直意外だった。

高校の友人の中には、今度結婚するという人もいる。近く結婚祝の会を催すのだが、ほとんど同じ環境にいた同じ歳の人が、早くも人生の次のステップに進む事に驚く。しかも、環境は僕とかなり異なっていて、彼女と、相手の男性はフリーターをしているそうだ。

同じ高校にいたのに、4年も経つと、それぞれの環境が大きく違っている。それぞれ別の人間なのだから、進む路も環境も、違っていても当然だろう。だからこそ、その人たちと話していると、色々なことを感じることができるのだと思う。願わくば僕も、他の人に何かの刺激を与えられる、そんな人になりたい。そして、彼らともう一度会いたい。


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本草 芥子。 kenstarmx1.freemail.ne.jp