1999年10月1週分
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1999/10/7 [木]

卒業写真

今日、卒業アルバムに載せるための個人写真を撮りに行った。写真は撮られ慣れていないので、どんな風に写っているのか、ちょっと気になる。卒業アルバムの話はでるのだが、あと2年ほど大学にいるので、卒業という気がしない。ただ、仙台に来てから4年が経ったんだなあと、感じる。短かった気はしない。むしろ、長かった気がする。それまでの4年間とは、質の違う月日だった。

仙台に来てからの変化を考えてみた。扱うお金の桁も一つ増え、日常生活での仕事も圧倒的に増えた。自分で物事を決めるということにも慣れた。普段の生活で変ったことが、数多くある。

ただ、それだけではなく、周りにいる人達も、今までとは毛色が違う。出会う1人1人が、それぞれの個性をもち、見ているだけで飽きない。それぞれが持っている人の考え方が、それぞれ違っていて、聞いているだけで面白い。自分とは関係がないと思う人でさえも、自分を見直すのに役立つ。高校生の時には理解できなかった、「他山の石」という言葉を、大学に来てから理解した気がする。

おそらく、就職時にも、同じ印象があるだろう。環境の変化の時が、人間の成長のきっかけになるのだと、感じる。


1999/10/6 [水]

芋煮の幹事

仙台には、秋の恒例行事として「芋煮」がある。多くの団体で、新しく加わった人との交流を深めるために行われる。傾向としては、新参者が幹事をすることが多いようだ。僕の所属している研究室でも、例にもれず、例年のように行われているらしい。先輩の話からすると、新しく入ってきた4年生が幹事をするらしい。

そこまでならば、よくある話で驚きもしないのだが、困ったことに、幹事が誰だと決められていないのだ。4年生がやることだけは決まっているのだが、4年生が4人いる。「他の人が世話をしてくれるだろう」とみなが思っているため、結局誰も動かないジレンマに陥っている。それくらい、誰かやれよ。そう思うのだが。

このような場合、誰かがリーダーシップを取るしかない。僕は、来年も研究室に残るであろうということで、しこりを残したくない。という事を考えると、結局僕が面倒を見ることになりそうだ。慣れないことをしなければならないのは、非常に気の重いことだ。

研究室の教授が、来年度で退官される。それにより、来年配属される学生の人数も激減する。ということは、僕は当分下っ端ということだ。もしかしたら、来年も同じようなことでため息を吐いているのかもしれない。


1999/10/5 [火]

よそ見

自転車に乗っていると、基本的には歩いている人が邪魔になる。スピードが違うのだから当たり前なのだが、それ以外にも理由がある。それは、歩行者が、進行方向に自転車が現われたことを、直前まで気がつかないで、よけてくれないからだ。そんな人は、大体下を向いている。

実は、前を向いて歩く必要はない。進行方向に、障害物がないことさえ分かっていればよいからだ。だから、どれだけ前を見とおせるかによって、よそ見をする時間が変ってくる。混雑した道は、よそ見をしないで進み、誰もいない直線の道路では、他の方向を見ながら歩くということだ。

歩行者が多くよそ見をするのは、一回前を見たら、当分は、障害物がない、と安心できるからだろう。障害物があっても、大事にならないことが多いから、ということもあるかもしれない。

性別、年齢などで、よそ見の時間の差が現われたりしたら、面白いだろう。実際に、歩行者のよそ見の時間を、喫茶店などで観察してみたいところだ。残念ながら、それに適した喫茶店を知らないのだが。


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本草 芥子。 kenstarmx1.freemail.ne.jp