手紙
先日買いあさった古本を、少しずつではあるが片づけている。その中に、北村薫の「六の宮の姫君」という本がある。この本では、芥川龍之介や菊池寛などの友好関係も調べているのだが、その中での重要な資料の一つに手紙がある。
芥川ほど有名な作家の手紙となると、一つの作品のように扱われていて、本にも載っているらしい。いつ誰に送ったかも記録され、焼いてしまってくれ、と頼んである手紙すら残っているというからすごい。
ふと、自分が芥川のような立場になったらどうなるだろうか、と想像して恐ろしくなった。僕が純文学の小説家として大成し、そして早世してしまったとしよう。すると、僕がどこで何をしたかも興味の対象となり、調べ上げられる。どこかに眠っている手紙も、掘り起こされて出版されるだろう。多くの人が僕の行動を知ることができ、それについて批評を加えてみたりする。だんだん鳥肌が立ってきた。
そんな下らない心配をしないまでも、自分の手紙がどこにあるか分からないのは落ち着かないものだ。自分の個性が詰まっている、分身とも言える存在なのだから。