誕生日
つい先日、研究室の先輩に「君って普通だと思ってたけど、やっぱり変だよ」 と言われてしまった。 研究室の人の誕生日をメモしている事が原因らしい。
確かに、研究室中の誕生日をチェックしている人は多くないだろう。 そういった意味では変なのかも知れないが、 僕は僕なりに誕生日を聞いている理由がある。
それは、今の研究室の人間関係の在り方にある。 たんに表面上だけの付き合いにしないための小道具だ。 具体的に日にちを覚えている必要はない。 僕が日にちを聞いて相手が教えてくれた、そのことに意味があるわけだ。 そのことによって、多少だが親密感が生まれる。
ただ、作用するのは僕にだけなので、 全体からみると大きく付き合い方が変わるわけではない。 しかし、やはり少しだけプライベートな情報は、 心理的なバリアーを少しだけ下げる効果がある、と思う。
誕生日を集める副産物もある。 数学的に興味深い事も出てくる。詳しくは下のぺーじを参考のこと。
バレンタインデー
今年ももらえそうにないチョコレート。 お菓子会社の陰謀と知りつつも、やっぱりもらいたいというのが人情というもの。 当てのない人にとって年に数度訪れる、ブルーになる日のうちの一つ。 ブルーになるのなら考えなければいいことなのだが、 コンビニに入っても、ちらほらと「バレンタイン」の文字が。
ところで、この年齢になって、 期待していなかった人から本命チョコをもらうという事は、 果たしてあるのだろうか。 小、中学生のころならば、手紙とともに入っていたりしても、 何ら不思議はない。 ドラマのシーンであったりしても、かなり絵になる。
しかし、研究室のロッカーに、 手紙とともに手作りチョコレートが入っていたりしたら、 かなり怪しい。 想いとともに、毒もつまっていそうな雰囲気さえある。 (もちろん、手渡しでもらったりしたら嬉しいだろうなぁ。)
社会に出てからのバレンタインは、 期待どおりの本命か、期待どおりの義理かのどちらかしかないのだろう。 つまらない。