2001年02月4週分
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2001/2/27 [火]

空きがまた一つ

今までよくかまってもらった人が、また一人研究室を去っていった。 やらなければならない仕事がある僕は、 3月中もほとんど研究室に来なければならない。 しかし、修士論文の本審査が終わって、やることがないM2は、 次々に実家へと帰ってゆく。

同学年がほとんどいない僕をかまってくれたのが、そのM2の先輩達なのだが、 その人たちがどんどんと仙台を離れている。 離れる前にやることがあったりして、仙台にいたとしても、 研究室にはまず顔を出さない。

周りに一生懸命やっている人がいると、その人にのせられて頑張れる、 ということがある。 本審査に向けて必死だったM2にのせられて仕事をやってきた僕だから、 何だか急につっかえ棒をはずされたみたいに気が抜けてしまった。

研究室を研究室らしくしていたM2の私物も段々に撤収され、 研究室解体に向けて研究室の荷物も整理されてゆく。 徐々に物がなくなってゆく研究室にいると、 一人だけ取り残されたような印象を受ける。 残された者は、淋しい。。


2001/2/24 [土]

本物の自分

テレビドラマの中で、 「偽物の自分には戻りたくない」というセリフが出てきた。 本物の自分、って何だろう。 何だろう、と考え込んでしまう原因は、 定義が分からないことであることが多い。 以前考えた「幸せ」もそんなものだった。 定義が分からないために、今どうであるかと判断できない。

しかし、単に定義が分からないからと捨ててしまうより、 定義を様々に変えてみて考えてみることの方が、 素直で実りが多いような気がする。

さて、本物の自分とは何だろう。本当の自分とは違うのだろうか。

いろいろ考えた末に出た結論は、 自分が本物だと心から信じる自分こそが、本物の自分だというもの。 当然、本当の自分とは意味合いが違ってくる。 本当の自分は、その瞬間の自分を意味するだろうからだ。 なんとも抽象的になってしまうが、少なくともこれだけは必要な条件だと思う。

こんな自分は嫌だと思えば、その時の自分は偽物だし、 かくありたいという目標は本物だろう。 ということは、 (いつも同じような結論になるなあと思いつつ、) 本物になりたいという自分こそが、 本物といって良いのではないだろうか。


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本草 芥子。 kenstarmx1.freemail.ne.jp