キレイなお姉さんは好きですよ
2004 | 10 | 9 | 8 | 7 | 6 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 |
2003 | 12 | 11 | 10 | 9 | 8 | 7 | 6 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 |
2002 | 12 | 11 | 10 | 9 | 8 | 7 | 6 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 |
2001 | 12 | 11 | 10 | 9 | 8 | 7 | 6 |
2001年07月30日(月曜日)
_ 自己採点
いやー、保守党伸びませんでしたね。三時くらいになってようやく当確でましたからね。それでも、比例で個人獲得票はかなり上位に行ってました。非拘束名簿式比例というのは、すごく違和感があると、全国民に印象づけたような気がします。
で、四時現在の結果です。予想と並べてみてみましょう。
| 党名 | 改選議席数 | 予想議席数 | 獲得議席 | |
| 自民 | 61 | 62 | 63 | |
| 公明 | 13 | 17 | 12 | |
| 保守 | 2 | 4 | 1 | |
| 民主 | 24 | 22 | 26 | |
| 共産 | 8 | 6 | 4 | |
| 社民 | 8 | 6 | 3 | |
| 自由 | 3 | 4 | 5 | |
| 合計 | 119 | 121 | 114 |
ほぼ当たっていたところもあれば、全然違うところもありましたね。自民・自由あたりは、まあいい線いっていたと思います。でも、民主・保守・公明が誤算でした。民主がこれだけ頑張るとは思わなかったし、保守・公明があまり伸びなかったのも意外でした。
希望としては、自民党が惜勝くらいで、いわゆる「小泉改革」をしつつも野党に頑張ってもらう、くらいのバランスであって欲しかったんですが、そうは行きませんでした。まあ、よりよい日本にしてくれると、期待しています。
それにしても、弱小政党は、比例代表では議席を取れませんね。
_ 大胆予想
明日の参議院選はどこが勝つのだろう。大胆予想をしてみる。なんの根拠もないから、「大胆」なのだけれど。
とりあえず、議席の数を並べてみる。
| 党名 | 改選議席数 | 予想議席数 |
| 自民 | 61 | 62 |
| 公明 | 13 | 17 |
| 保守 | 2 | 4 |
| 民主 | 24 | 22 |
| 共産 | 8 | 6 |
| 社民 | 8 | 6 |
| 自由 | 3 | 4 |
| 合計 | 119 | 121 |
さてさて、どうなるでしょうね。でも予想を立てると、本番が楽しみになるね。これで賭けをしたくなる気持ち、分かるなあ。あなたも予想をしたら、この気持ちわかるでしょう。
とてもタイムリーなリンク達。日が経つにつれ、切れていくことだろうなあ。
_ 学生にしかできないこと
昨日の懇親会で、人事の人が「これからやっていただきたいこと。それは、学生にしかできないことです。今のうちにしかできないことを、是非ともやっていただきたい」といっていた。
学生にしかできないこととはなんでしょうね。頭を染めること?長期旅行をすること?好きな勉強、研究をすること?なんなんでしょうね。バイトはするな、ということなんでしょうか。。
とりあえず今はとても忙しいので、遊んではいられない。ということは、好きなことを勉強しろ、ということでしょうか。。
分かった、気にくわないやつを無視しろ、ということかもしれないですね。そんなこと、今のうちにしかできないでしょう。そんな子供じみたことは、今のうちにしかできません。
2001年07月18日(木曜日)
_ 締め切り迫る
論文の締め切りが迫っている。
迫っていると言うほど迫っているわけではないが、実験がほとんどできていない状況なのに、あと一ヶ月くらいで完成させなければならない。非常にやばい。
口ではやばいと言っているけど、それほど深刻に受け止めていない自分がいる。それがすごく怖い。こんなことでは、論文らしい論文にはならないだろう。そんなのでいいのか?
しかし今日、諸先輩方の修士論文をみてみた。ひどい論文がたくさんある。あんなもので卒業できてしまっているのだから、ひどいものだ。
一気に安心してしまった。あんなもので卒業できるのなら、俺だって絶対に卒業できそうな気がしてくる。それにしても、そんなのでいいのか国立大学。
_ 理系だなと思う瞬間
久しぶりに文系の先輩と飲みに行くことになった。久しぶりに会おうよ、ということもあったけれど、今度の選挙のこともあったらしい。その人は某宗教団体に所属していて、比例区ではその関係者が苦しいらしい。
はじめは映画の話とか最近の話とかをしていたけれど、そのうちに宗教の話になった。そのなかで、
俺 「宗教で悟ることって、何かを忘れることですよね」
先輩「そうじゃなくて、新しい視点が増えるということなんだと思うよ」
という会話がかわされた。
普通の人だったら、「ああそうかもね」で終わると思うのだが、僕の頭のなかでは違うイメージが広がっていた。上の会話を翻訳すると下のようになる。
俺 「f(x1,x2..)の変数が一つ少なくなれば、世界が小さくなって把握できた気になるよね。宗教って所詮そんなものでしょ」
先輩「f(x1,x2..)に変数が一つ加わって、いろんな見方ができるんだよ。だから、今までにない反応ができるのさ」
俺が考えていたことを説明しても、先輩は共感しないだろうと言わないでおいた。そんなとき、いい意味でも悪い意味でもなく「ああ俺って理系なんだ」などと思ってしまう。
2001年07月11日(木曜日)
_ 問題点と解決策
システムが変わって、よかったこともあるでしょう。興味のあるテーマを読むことが出来るようになったこと、以前のテーマに書き込めて、読めるようになったことなど。しかし、問題点が2点あります。1.日記じゃない。2.テーマが乱立。
1つ目は、MEMORIZEのトップページから入ったときに、日記のように見えないということです。みんながエッセイを書きまくる、という感じですよね。テーマに従わない日記は、どうやって探せばいいんでしょうか?2つ目は、読むほうが非常に疲れる。どんなテーマがあるんだろうと、目を皿のようにして探さなければなりません。
以前の方式でも、問題点はあったのは確かでしょう。しかし、それを差し引いても、以前のほうがよかったこともたくさん。
僕としては、新旧のシステムを両立して作ってみて欲しかった。テーマのカテゴリ(新)と、今日のテーマ&日記の分類(旧)とがあればいい気がしませんか。1日1つのテーマが増えるだけで、十分な気がします。(確に、分類ごとのテーマがあってもいいかもしれませんね。)
処理が重すぎてサーバがやばい、ということもないでしょう。今のシステムが作れるのなら、「今日のテーマ」もつくれると思います。
2001年07月10日(火曜日)
_ 教授
やはり何と言っても、以前いた研究室の教授でしょう。最近では大学教授もすっかり大衆化してしまっていますが、その教授に限っては違っていました。
どんな人も受け入れる度量、考え方のすばらしさ。教授というのは、学者であるだけでなく人格者である必要もありますが、全く申し分のない実力を備えていました。
あの方の考え方に大きく影響されて、今現在の私がいます。あの人には追い付けない、そういう意味でも尊敬しています。
とにかく、愚痴る
私は、研究室の人々と打ち解けていない。
研究室スタートはじめの4月に来ていなかったというのが、おそらく大きな原因になっている。しかしそれだけでなく、この研究室の人々とは相容れないものが多い。基本的に、研究室の人々の趣味は幼稚だ。精神的に非常に子どもっぽい。Joshuaに始まり、二人いるDoctorのうち一人が、大人気無い。そんな人々に囲まれて、馬鹿馬鹿しくもあるが研究室内で孤立している。
回りの人々の馬鹿さ加減に加え、日々の話し相手がいるわけでもなく、心に降りてくるうっぷんは、段々に積み重なる。いつか爆発してしまうのではないかとさえ思う。
そんなとき、心のバランスを取るのにこのページが役に立つ。人にいえないことも、匿名の日記ならば、語りかけることもできる。
2001年07月05日(水曜日)
_ 指針
辞書で調べたら、本分とは「本来するべき義務」らしい。つまり、逸脱してはいけない行動の範囲、行動の指針なんだろうね。学生ならば行動の基本は勉強にあり、社会人ならば仕事にあるのだと思う。
どの会社でも「設立理念」が壁にかけてあるイメージがあるが、それと同じ事だろう。企業行動の基本は、その設立理念に従っているべきで、そうでないとふらふらわけの分からない行動になりかねない。ある一方向に皆が進むから、企業として成り立っているのであり、みんながみんな勝手な考え方で行動し始めたら、矛盾だらけで収集がつかなくなるだろう。それと同じ。
皆さんが学生ならば、どんな行動をとるときもベースに「勉強」がなければならず、社会人ならば「仕事」がなくてはいけない。もちろん、今日は「一個人」、という日があってもよいと思うけれど。
で、最近は学生の本分をフルに発揮しています。息が詰まるぐらいに。馬鹿なJoshuaに振り回されぎみ。
2001年07月02日(月曜日)
_ 山登り
高校時代、山登りをしていました。学校が休みの時に、先生たちといっしょに山に登るのです。しかも、先生の食糧を僕ら生徒が背負って。まるで拷問のようなシチュエーション。好きでやるやつの気が知れませんが、それでも当時は一生懸命でした。
それは、先輩がいい人たちだったということと、時々見せる山の表情が魅力的だったからです。また、自分の体をいじめて登った山の上で飲む水は、けっして都会では味わえません。湧き水だから、というだけでは説明できないうまさがあります。危険とは背中合わせでしたから、「生きるとは」ということを肌で感じることのできる日々でもありました。
今はもう山に登るだけの体力が無くなってしまっています。行くとしても、せいぜい山小屋泊まりになってしまうでしょう。テントで夜営するあの山登りは二度とできないと思うと、やはり若干残念です。