キレイなお姉さんは好きですよ
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2001年09月28日(金曜日)
_ ターン
北村薫という作家をご存じだろうか。覆面作家としてデビューし、いまでは推理小説の大家となった人だ。「スキップ」という作品で、本の世界に戻してくれた、僕にとってはとても印象深い人でもある。
この人は「私」シリーズで、死人のでない日常の推理小説、というジャンルを打ち立てたと言ってよい(らしい)。日常にどこでも転がっていそうな、事件とは言えないちょっとした謎。それを説き明かし、あっと驚かせるような真実を導き出すその鮮やかさ。もしかしたら、あなたのすぐそばにも謎は転がっているのかも知れません、と思わせるところも魅力となって、多くのファンを引き付けている。北村薫のあと、加藤朋子、若竹七海など、同じ路線の人も若干出てきた。それでもジャンルと言うほどの数が出ているとは言えず、一つの弱小流派くらいにしかなっていない。それだけ、日常の謎というのは、発想するのが難しいのだろう。
さて北村薫は推理小説以外にもいろいろ書いているが、そのなかに「時と人シリーズ」という3部作がある。「スキップ」「ターン」「リセット」。1部目の「スキップ」はとてもよい出来で、留学する人にプレゼントしてしまったほどだった。ちなみに、その人からメールでよかったとわざわざ言って来てくれた。
この3部作はかなり期待できるぞ、と続作「ターン」を待っていたファン(僕)は、「ターン」のつまらなさにがっかりした。書き方がすべて一人称、という驚かせる形態であるものの、ストーリーが陳腐。ただ、一言フォローしておくと、書こうとしていたネタがすでに世に出ていた(「リプレイ」)ということで、無理やり捻り出したのだと思う。
そんな「ターン」が映画化されるという。去年ぐらいから話は出ていたのだが、あの一人称をどうするのだろう、というような別のところで僕の周りでは話題になった。残念ながら、内容に期待しているわけではなかった。ワーナーマイカルで上映するというのも、なんだか気になる。
ちなみに、去年くらいに3部作の最終作「リセット」が刊行された。2部で失敗してしまっただけに、3部の出来がとても気になったが、とりあえずは一安心。やはり、「スキップ」が良すぎた。そのあとがかすんで見えてしまう。
2001年09月26日(木曜日)
_ 目には目を?
久々に時事ネタ。
アメリカが報復するらしい。やられたらやり返す。まあ分かりやすいけれど、どうしても独善的という印象を受ける。タリバンがやったという証拠がなかったり。まあ、戦争なんて言うものは、でっち上げてしまえばそれでよいのかもしれないけれど。
でも、テレビでよく言っているように報復の連鎖が起りそう。目には目をでしかたないのかな。
ところで、ハムラビ法典のなかの「目には目を歯には歯を」の意味を以前このように聞いたことがある。
べつに復習の方法ではない。裁判の時の罰し方だ。目をやられたのなら目を、歯をやられたのなら歯を。目しかやられていないのに目と歯をやるのはいけない。倍返しをしてはいけないのだ。
アメリカが一人で突っ走って、これから世の中どうなるんでしょう。アメリカは他人の庭で戦争をおっぱじめるし。以前は、大人の国だなあ、とか思ってたのにいつのまにか子供じみて見える。
2001年09月25日(火曜日)
_ なるようになる?
最近研究室はつまらない。元々つまらないけど、輪をかけてつまらなくなった。というか、義務が増えてしまって嫌だ。
昨日一昨日は、研究室のことを全く考えないで生活できた。それは、仙台のヨサコイ祭りの手伝いでてんてこまいだったから。かなり幸せだった。いい感じの女の子も出来たのもかなり大きい。
でもねえ、その子は実家にすんでるし、来年の春には俺が仙台離れるし、理性的にはどうなのかなあ、とか思ってる。これからいままで以上に忙しくなりそうだしさ。
いつもこうやってブレーキを踏むんだなあ。アクセル踏まないくせにさ。理性=ブレーキ、本能=アクセルで、理性>>本能なのだよ、俺の場合。
このままだと、なるようにはならないのだな。
2001年09月19日(木曜日)
_ GO
研究発表も先週で一段落し、研究室の助手もいま東京に行っている。ということで、いまはだらけモード全開。全く何もやる気が起きない。
ということで、映画を見てきた。「みんなの家」。特別見たかったわけではないし、話題性から言ったらファイナルファンタジーかも知れないけれど、1000円で見れるという事で、ついみてしまった。で内容は、普通。レンタルビデオの「ラジヲの時間」みたいな感じ。とくに映画館でみる必要性はなかったかな。
映画の内容よりも気になったのが、予告編の「GO」。窪塚洋介主演、在日韓国人3世のアイデンティティーがどうのこうの。これ結構おもしろそう。公開時期とかは分からないけど、期待です。
あと、12月1日に公開予定のハリーポッターも期待。
2001年09月16日(日曜日)
_ 口
僕が身を崩すとしたら、その発端は口だろうな、なんてことを考えてしまった。人が人を評価するとしたら、それはどうしても外見に頼らざるをえない。別に容姿の事ではなくて、言動の事という意味での、外見だ。それは当たり前の事だ。自分が何を考えているのかを、他人に悟らせようとするのは到底無理な話。何を言っているかが、その人の考えを映していると解釈するしか、方法はない。
我が身を振り返ると、わがままな言動が多い気がする。それが許容される範囲ならよいのかもしれないが、もしかしたら、一般的な許容量から外れているのかもしれないと、時々自信が無くなる。
思うに、「自信が無い→会話を余りしない→練習が出来ない→レベルが上がらない→自信が無い」というサイクルを繰り返しているのじゃなかろうか。
もともと口の上手い人と下手な人、それぞれあって不公平な気がする。まあ、人それぞれ色んな分野で、ハンデもあればアドバンテージもある。それは当たり前だと思うのだけれど、やはり生まれつき口の上手い人は羨ましい。
会話の上手い人というのは、もしかしたらボキャブラリーが豊富なのかもしれない。この言葉が今の状況に正しいのかどうか、把握している事が重要なのだと思う。ただ、その情報を得る為には、豊富な会話量が求められる。会話の数をこなし、その反応をしっかりと見極めなければならないのだが、実験的な会話を行う事は、どうしても躊躇してしまう。
人並みになれる時は、果たして来るのだろうか...大変不安だ。
2001年09月06日(水曜日)
_ 恋戦。沖縄
水曜日がメンズデー、ということで、フェイウォンのでている映画「恋戦。」を見てきた。「こいせん」ってよむのかな、変だな、とか思っていたら、「れんせん」と読むらしい。チケット買うとき「こいせん」と言ってしまった。少しはずかしい。でも、結構間違えそうだと思うんだけど、どうでしょう?
で、見た感想。ストーリーそのものはあんまり意味ない。日本のやくざもでてくるんだけど、それじゃちんぴらでしょう、とか思ってしまった。ストーリーを見るんじゃなくて、フェイウォンとレスリーチャンとレオンカーファイを見に行ったという感じ。
そんな風に書いていると、なんだつまらないのかと思われてしまうが、そんなことはなかった。少なくとも、見に行って損した、という気にはならなかった。
フェイウォンがつまらなさそうにしているのって、なんかいい。「恋する惑星」でもそんな感じだったし。