何故徒然草?
いろんな人が、その日に思った事や、ふと考えた事を書くページを
公開している。
あちこちを見てみると、日記を書く人の中に「徒然草」という
タイトルをつける人が多いように見受けられる。
いわゆる随筆ならば「枕草子」や「方丈記」でも良いわけだ。
他にも、有名な随筆はあるだろうに、何故よりにもよって「徒然草」
なのだろう?
その秘密に迫る!
本当に「徒然草」だらけなのだろうか?
全文検索エンジンでどれだけのページがあるのかを見てみる。
(使用したエンジンはlycos)
徒然草……7568件
枕草子……2262件
方丈記…… 754件
となった。
また、枕草子や方丈記のページには、随筆そのものに関するページも
多いように見受けられる。やっぱり多いですね。
なぜそのような事が起きるのだろう?
1 語感がそうさせるのではないか?
「徒然なるままに」という言葉に「つらつら」と思い付くままに文章を書く
というような印象がある。
本当は
「徒然なるままに、日暮らし」硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、
「そこはかとなく書きつくれば」
なので、そこはかとなく書くんですけどね。
2 あまりたいした事を書かなくても許されそうな雰囲気
「枕草子」は「春はあけぼの」「夏は夕暮れ」などと、ちょっと堅苦しい。
また「方丈記」には悲壮感がある。(本当か?)「よどみに浮かぶうたかたは」
だからねえ。それに比べて、親しみやすそうな始まりの「徒然草」は
とっつきやすいですよね。
3 親しみやすい
本命はこれでしょう。(というか、上の全てが含まれ、さらに+αがある)
「方丈記」の内容は多くの人は知らないだろうし、
「枕草子」は日記を書く雰囲気ではないからでしょう。
でも、「徒然草」があふれるなか、奇をてらって「方丈記」なんてのも
良いかもしれませんよ?
Kensaku Hoshi
kenstarkenstar.org